大判例

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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)1000号 判決

控訴人

野澤計一

ほか一名

被控訴人

大中利紗

ほか四名

日産火災海上保険株式会社(補助参加人)

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審における予備的請求に基づき

1(一)  被控訴人大中久仁子は、控訴人野澤計一に対し金一〇三六万円及びこれに対する平成一〇年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人大中利紗、同大中紳平、同大中貴博及び同大中理恵は、控訴人野澤計一に対し各自金二五九万円及びこれに対する被控訴人大中利紗及び同大中紳平について平成一〇年三月一四日から、同大中貴博及び同大中理恵について同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2(一)  被控訴人大中久仁子は、控訴人野澤光子に対し金一〇三六万円及びこれに対する平成一〇年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人大中利紗、同大中紳平、同大中貴博及び同大中理恵は、控訴人野澤光子に対し各自金二五九万円及びこれに対する被控訴人大中利紗及び同大中紳平について平成一〇年三月一四日から、同大中貴博及び同大中理恵について同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。

四  この判決の二1、2は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

(控訴人ら)

一  原判決を取消す。

二  原判決の事実第一、一1、2同旨(当審における予備的請求の請求の趣旨も同旨)

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(被控訴人ら)

一  主文一項同旨

二  控訴人らの当審における予備的請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二原審における当事者の主張

原判決の事実第二に記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決八頁四行目「一七」の次に「(年間収入)」を、「二三・八三二」の次に「(新ホフマン係数)」をそれぞれ付加する。)。

第三当審における当事者の主張

一  控訴人らの予備的請求原因

1  運行供用者責任(自賠法三条の責任)

(一) 裕香は、次の交通事故により死亡した。

(1) 死亡時 平成九年六月二一日午前四時一八分

(2) 発生地 豊中市岡上の町一丁目一二一番の二所在の鉄骨、鉄筋コンクリート造瓦葺四階建居宅兼車庫のガレージ内

(3) 事故車 本件自動車

(4) 所有者兼運転者 宣之

(5) 被害者 裕香(助手席に同乗)

(6) 死亡原因 一酸化炭素中毒

(二) 裕香の死亡が本件自動車の運行によって生じたこと及び宣之の過失について

(1) 宣之、裕香ほか数名は同年六月二〇日夜、豊中駅前ビル一〇階の飲食店で会食した。

(2) 宣之は同日午後一〇時四五分頃、裕香を「自宅に送ってやる」と言って助手席に乗せ、裕香の自宅(伊丹市南本町五―一―一六)へ向かって本件自動車を走らせた。

なお、豊中駅前ビルから裕香の自宅までは、車で十数分の距離であった。

(3) 然るに、宣之は二、三分後、何故か裕香を真直ぐ自宅へ送らず、突然裕香を助手席に乗せたまま本件自動車を本件ガレージに入れ、シャッターを閉めたのである。

(4) 宣之は、その後も裕香を自宅へ送るつもりで本件自動車の運転席に座り、又いつでも出発できるようエンジンをかけ続けていたから、本件自動車を運行していたのである。

なお、被控訴人らは、「宣之は裕香が気分が悪くなったから、少し休ませるために本件ガレージに立寄ったのである」と主張しているが、仮にそうだとすれば、宣之は本件自動車の運転席に座り、又いつでも出発できるようエンジンをかけ続けていたのであるから、文字どおり本件自動車を運行していたということになるのである。

(5) 自賠法第二条二項には、「運行とは自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう」と定められている。又、運行の範囲については、一般に車庫を出てから車庫に格納されるまでの駐車、停車も運行に含まれると解されているから、宣之が運転し、本件ガレージに一旦駐車、停車させたとはいえ再出発のためエンジンをかけ続けていた本件の場合は、右運行に当たることは明白であり、宣之は本件自動車の運行者としてその責任を免れないのである。

(6) 宣之は、密室の本件ガレージでエンジンをかけ続ければ、次第に一酸化炭素中毒により体の自由を失い、場合によっては死亡することになることを知っていたから、一定時間内にガレージを出てそれを防止すべき注意義務があったにも拘らず、それを怠り、一定時間内にガレージを出なかった過失により、裕香を死に至らしめたものであるから、その責任はすべて宣之にあるのである。宣之は、ベテランの医師であるから、なおさらのことである。

2  債務不履行責任

(一) 宣之は裕香に対し、平成九年六月二〇日午後一〇時四五分頃「自宅へ送ってやる」と言って裕香を助手席に乗せたのであるから、裕香を自宅へ送る義務があるのである。

(二) にも拘らず、宣之は二、三分後、何故か裕香を真直ぐ自宅へ送らず、突然裕香を助手席に乗せたまま本件自動車を本件ガレージに入れ、シャッターを閉めたのである。

仮に被控訴人ら主張のとおり「裕香が気分が悪くなったから、少し休ませるために本件ガレージに立寄った」としても、宣之は一定時間内にはそこを出て裕香を自宅に送るべきである。仮に裕香の症状が重ければ、隣の豊中市民病院で治療をうけるか、又は裕香の自宅へ電話して、控訴人らに裕香を連れて帰ってもらうべきである。これが常識であり、義務である。そうしていれば、本件事故はなかったのである。しかし、宣之は、そのいずれをもしていないのである。

(三) その後も、宣之は、何故か右義務を果さず、密室の本件ガレージでエンジンをかけ続けた過失により裕香を死に至らしめたのであるから、債務不履行の責任も免れないのである。

二  右に対する被控訴人らの認否、反論

1(一)  右一1(一)のうち(1)ないし(3)、(5)、(6)の事実は認める。

(4)については、運転席に座っていたのは所有者の宣之であるが、同人が運行供用者であることは争う。

また、本件事故が交通事故であることは否認する。

(二)  同(二)の(1)ないし(4)第一段の事実は不知、同(5)、(6)は争う。

2  同2(一)、(二)第一段は不知、同第二段、(三)は争う。

三  被控訴人ら補助参加人(以下単に「補助参加人」という。)の認否、反論及び主張

1  運行供用者責任の主張は、当審において初めてなされたもので、時機に後れた攻撃防禦方法であるが、遅れたことにつき控訴人ら訴訟代理人に重大な過失があり、また、本件死亡事故が自賠法三条の「運行」に該当するか否かを判断するためには新たな証拠調を必要とする可能性もあるので、訴訟の完結が遅延することが明らかであるから、許されるべきではない。

実質的な被告である自賠責保険会社側では、一審で全く争う機会を得られないままに、控訴審でいきなり矢面に立たされているのであるが、自賠責保険制度の特殊性に鑑みるとき、このようなことが許されるとすれば、自賠責保険実務に与える悪影響は非常に大きい。

2  被控訴人らの認否、抗弁を援用する。

3  本件事故は自賠法三条の「運行」に該当しない。

けだし、自賠法三条所定の「運行」は、自賠法の立法趣旨からして、当該装置の使用全般を意味するのではなく、「自動車固有の危険性を内在する固有装置をその本来的用法に従って使用することによりその危険性を顕在化させる行為」と限定して捉えるべきであるから、本件のような、駐車自動車内一酸化炭素中毒死事故の場合における自動車排気ガスによる危険性は、自賠法が保護範囲としている自動車の危険性の範囲に該当しないので、本件事故の場合は「運行」に該当しない。

また、本件の事実関係をみても、宣之が裕香を自宅に「送ってやる」ために本件自動車に乗せたとしても、自宅のガレージに車を入れたことにより、当初の目的が変化したことは明らかである。そして、最終的に自宅に送っていく気持ちがあったとしても、一度自宅内のガレージに入ってシャッターを下ろしていることからして、ガレージ内でのエンジンの始動を走行に向けた暖気運転と即断することはできない。かえって、宣之は、ガレージ内でエアコンを作動するためにエンジンを始動させたと解釈するのが合理的である。

理由

第一  当裁判所の認定する事実関係は、次のとおり付加するほか、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一一頁五行目「乙一」の前に「一〇、」を付加する。

二  同一二頁末行冒頭「を発見した。」の次に「これより先、宣之と裕香は外数名とともに豊中駅前ビルの飲食店で夕食をとった後、前日午後一〇時四二分ころ、宣之が裕香を自宅まで送っていくということで、本件自動車の助手席に裕香を同乗させて同店を出発したものであった。藤原らが発見した時、」を付加する。

三  同一六頁一行目末尾に「他方、右事情によれば、宣之が無過失であったということもできない。」を付加する。

第二  右認定の事実関係によれば、民法七〇九条を理由とする控訴人らの原審における請求の請求原因を認めることはできないから、右請求は理由がない。

第三  次に、控訴人らの当審における予備的請求のうち、自賠法三条に基づく請求(運行供用者責任)について判断する。

一  まず、補助参加人は、右は時機に後れた攻撃防禦方法であると主張するところ、右は単なる攻撃防禦方法ではなく、予備的請求であるから、この点において補助参加人の主張は理由がない。なお、本件追加的訴えの変更については、請求の基礎に変更はなく、また、新たな証拠調を必要とするものではないので、著しく訴訟手続を遅滞させることにもならないから、右訴えの変更は許されるべきものである。補助参加人は、自賠責保険制度の特殊性を根拠に異議を述べるが、補助参加人が自賠責保険会社であって実質的な被告であるとしても、民事訴訟法上は、被控訴人らの補助参加人として民事訴訟法の適用を受ける以上、右異議は理由がない。

二  控訴人らの予備的請求原因1の(一)(1)ないし(3)、(5)、(6)の事実及び宣之が本件自動車の所有者であり本件事故当時運転席に座っていたことは当事者間に争いがない。

右事実に、前記認定事実(付加のうえ引用した原判決認定の事実)を総合すると、宣之は、自己所有の本件自動車の助手席に裕香を同乗させ、裕香をその自宅へ送っていく途中、一時的に休息をとるため、自宅ガレージ内に本件自動車を入れ、ガレージのシャッターを閉めた(これによりガレージは密室状態となった。)後、両名とも降車することもなく、宣之において車内エアコンのスイッチをオンにしエンジンを稼働させたまま裕香とともに車内で時間を過ごすうち、排気ガスが車内に流入し、これを吸入したため、両名とも一酸化炭素中毒により死亡したものと認められる。

よって、裕香の死亡は、いわば走行の延長としての一時駐車中における、宣之所有、運転の本件自動車のエアコン装置使用のためのエンジン稼働によって生じたものであって、運行供用者である宣之の本件自動車の「運行によって」生じたものというべきである。

被控訴人らは、宣之は、本件自動車の所有者で本件事故当時運転席に座っていたことは認めるが、運行供用者でなく、本件は交通事故ではないというが、前記認定事実によれば、宣之が運行供用者であることは明らかであり(運行供用者性を阻却する特段の事情の主張、立証はない。)、また、自動車の運行によって他人の生命を害した以上、宣之は自賠法三条の責任を負うべきものである。なお、宣之が無過失であったとはいえないことは前記認定のとおりであり、その他、同法同条但書の事実についての主張、立証はない。

補助参加人は、その主張にかかる「運行」概念に照らし、自動車排気ガスによる危険性は自賠法が保護範囲としている自動車の危険性の範囲に該当しないというが、理由がない。補助参加人はまた、宣之が自宅のガレージに車を入れたことにより、裕香を自宅に送るという目的が変化したというが、直ちにそのようにいうことはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  そこで、控訴人ら主張の損害について判断する。

1  裕香の逸失利益

裕香は死亡当時二〇歳、給料収入月額は一五万〇〇三九円(甲九1ないし3、一〇、控訴人計一本人)であったから、六七歳までの就労可能期間四七年の現価率として控訴人ら主張の新ホフマン係数二三・八三二、収入年額一八〇万円(千円未満切捨)、生活費控除割合五割として裕香の逸失利益を計算すると二一四四万円(一万円未満切捨)となる。

一八〇万円×〇・五×二三・八三二=二一四四万八八〇〇円

2  控訴人らの慰謝料

控訴人ら各自につき一〇〇〇万円ずつを認める。

四  裕香は本件事故により死亡したから、裕香の本件事故に基づく右三1の損害賠償請求権は控訴人らが各二分の一の割合で相続した。

他方、宣之には右三の損害を賠償する義務があったところ、同人も本件事故により死亡したから、同人の右義務は被控訴人らが相続した。右三の損害のうち、控訴人ら各自二〇七二万円分について、相続割合で按分すると、被控訴人久仁子が一〇三六万円、その余の被控訴人らが各二五九万円の各賠償義務を負うことになる

五  よって、控訴人らは、自賠法三条に基づく損害賠償として、それぞれ、被控訴人久仁子に対し、一〇三六万円及びこれに対する事故の後である平成一〇年三月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の被控訴人らに対し、各自二五九万円及びこれに対する事故の後である被控訴人利紗及び同紳平について前同日から、同貴博及び同理恵について同月一二日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めることができる。

第四  以上によれば、原審における民法七〇九条に基づく控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないので棄却し、当審における予備的請求のうち、自賠法三条に基づく控訴人らの請求は前記の限度で理由があるので認容し、その余は棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 井筒宏成 古川正孝 和田真)

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